子育ては親育て

大人になるあなたへ ~2才までのお話

今から3-4年を振り返って記録しておきます。
記憶違いやあいまいなところもあるけど、断定して書くことにする。

前回までのお話1:大人になるあなたへ ~産まれる前のお話
前回までのお話2:大人になるあなたへ ~産まれた日のお話
前回までのお話3:大人になるあなたへ ~産まれてからしばらくのお話
前回までのお話4:大人になるあなたへ ~1才までのお話

 

1才になった写真をみると、前歯が生えてるのが目立つね。

 

そしてベビーカーに乗って公園で遊び、寝て、家で遊んで、また寝て。と写真が繰り返される。
この頃はよく公園にいっていっしょに遊んだよ。
まだひとりじゃ遊べないし、遊び方がわからないからつまらないし、でも少し歩けるようになったから、あちこち動き回りたいし。
やることがいっぱい増えたね。つかまり立ちの写真がとっても多いよ。
そして、よだれがダラダラだったから、いつもよだれかけを付けてたよ。
ボクらの服にもいっぱい付けてきたよね。今でもまだやるんだけどね・・・。

 

流行っていた“遊び”は、浴槽に風呂場のものをすべて入れる、だったね。すごくイヤだったよ。
でもお母さんが「やりたいなら飽きるまでやらせろ」って方針だったから見守ってました。
いつのまにかやらなくなったけど、ボクのシャンプーは水が混じって変だったね。
本当にやめてほしかったけど、毎日やってたから本当に楽しかったのね。

 

もうひとつ。
ボクのひざの上に乗って、パソコンのキーボードをかちゃかちゃやるのが好きだった。
1日の中でひと通りの遊びを終えると部屋に侵入してきて、パソコンで“遊び”・・・いやあれはお仕事だったんだろうね。
迷惑だったけど、あまり気にしないことにして、ひざの上に載せながら、ボクはもう1台のパソコンで仕事してたよ。

 

この頃はあまり仕事せずにあなたとよく遊んでいたので、近くにある大きな公園によくいったよ。
よちよちから少しずつ歩けるようになってきたので、歩行エリアにいって、自然の中をうろうろしたんだよ。
歩く速さは、ハトを追いかけていっても、飛んでは逃げないくらい。絶妙のよちよちだったね。

 

目いっぱい遊びきって、1分でも座る状況ができるとコテンと寝てた。
車でも、自転車でも、買いもの中でもね。
帰ったらボクもお昼寝して体力回復しようと思ってるのに、あなたはその帰り道で寝てしまうもんだから、家に帰ると元気いっぱいなのね。覚えてたら今度は寝るタイミングあわせようね。お父さん、昼寝とれないからしんどいよ。

 

けっこう歩けるようになって、岩手に帰省したのは覚えてるかな。
飛行機に乗って、はじめて海を見たんだよ。太平洋!
ずんずん海岸のほうに歩いて行くもんだから、どこまで行くのか焦ったよ。
あのとき、海をみて何か考えてたみたいだけど、何だったのかな。
大きな震災のあった「浄土ヶ浜」っていうところだよ。
あなたがはじめてみた海。

 

ボクだけ先に大阪に帰って、1ヶ月くらいおじいちゃんおばあちゃんのところで暮らして、それから帰ってきたときのあなたは・・・なかなか手強かったです。成長して社会が広がったんだな、また差が付いたんだな、って思いました。

 

伊勢神宮にもいって、海岸の波打ち際で遊んだよ。肝心の神宮にいったときは、ベビーカーで熟睡でしたね。。。

 

よく動いて、よくケガして、よく泣いて、いろんなものごとに興味を持っていった。
iPhoneやiPadをだいたい使えるようになったけど、少し中毒性があったようなので取り上げたのはよい判断だったのかな。
よいかどうかをいつ判断できるのか、今でもわからないけど、触る前よりずっとよく寝るようになったと思うよ。
そんなデジタル機器の影響は関係なく、ボクらはメガネを何度も買い換えることになった年だった。
メガネを広げるのは簡単だけど、たたんで箱に戻すのは難しいのね。ムリにたたまなくていいし、ムリに箱に入れなくていいんだからね。もう何個も壊れちゃった後だけど。

 

歩くようになってから・・・驚いたね。
それまでイヤだった、ベビーカーや車のチャイルドシートに進んで座るようになった。楽することを覚えたね。
そういう判断ってこの頃から持っていることが、今でも驚きです。

 

この年、あなたには1番大きなイベントがありました。

 

入院して、肺を切ったんです。

手術に耐えれる身体(1才以上)で、痛みをまだ知らないうち(2才まで)に手術しようって方針が出ていたので、ボクの判断でやりました。

 

何度も手術日を延期することになって、ボクらはあなたの体調管理で神経質になっていったけど、何とか無事に手術を終えました。切り取ったのを見せてもらったけど、けっこうな大きさだったよ・・・。肉まんくらいの大きさ?もうちょっと小さいかな。

手術室から出てきて、麻酔の効いてた頃だけが、あなたが生まれてくる前にボクが描いてた「子ども像」だったね。翌日は痛くて大変そうだった・・・。でもあなたにはいつもお母さんが付いてたよ。

 

 

退院してから、肺を手術することになった背景や、肺が1/4なくなったことなんて、まったく関係ないくらいエネルギーいっぱいでした。そんな毎日を過ごしていたので、うれしいような大変なような日々がまた戻ってきました。手術は本当に必要だったのか?本当に何か病気があったのか?うむむ。

 

車と電車が好きだったけど、それよりも好きだったのは食べることだね。大人と同じ量を食べてたよね。どうかしてるよね。

 

家の中を自由に行動していたから、あっちにあったものと、こっちのものとを入れ替えたりして、ボクはよく探し物してたよ。お母さんはすぐ見つけてたけどね。これもまたやめてほしかったけど、困ってるボクをみて喜んでたね。

 

この頃、ボクら夫婦はなかなか大変な状況だったので、1才のあなたにどんな影響を与えてしまったか、ボクは少し気になってます。できる限りの最善策を選んできたけど、間違っていたこともあると思う。だけど、あなたの道は、あなた自身が切り拓いていってください。あなたの成長をみて、ボクもそうしています。

 

 

最後にね。今でもまだ続いてることなんだけど、この辺りからはじまったのでひとこと付け加えておきたいことあるんだよ。電話を切るときに「おばちゃんからだった?」って大きな声で言うのやめてね。電話、まだ切れてないからね。そして、だいたい女性のことが多いときに、それ言ってくるからボクは冷や汗かくからね。これからも頼むよ、ホント、お願いだから。

  • この記事を書いた人

ぴろきち

ぴろきちです。大阪生まれで大阪育ち。関西人らしくないと薄々感じてましたが、どうやら血は大阪人じゃないようです。環境で大阪人になってもよさそうなのにね。 世界遺産めぐりが好きで特に遺跡に興味があります。他には神社や寺めぐりをして、御朱印集めをはじめてまもない状態。自分のルーツ・人のルーツをたどることが好きで、家系図づくりをしていますが、4世代より前へなかなか進めずにいます。肌が弱いので、タバコの煙が苦手。お酒もほぼ飲みません。 食べ過ぎたりもしたけれど、ぴろきちは元気です。

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